2008年09月11日

こども病院移転再考を

福岡市議会 御中

福岡市立こども病院人工島移転に反対する
市内の小児科・産科開業医の有志
代表 久保田史郎(産科・麻酔科標榜医)
代表 日高 輝幸(産婦人科医)
代表 高木誠一郎(小児科医)


現場の専門医師からの緊急提言
「福岡市立こども病院の人工島移転についてご再考願います



私たちは福岡市内で周産期医療や小児を対象に診療している開業医の有志です。内訳は、出産を取り扱う産科医19名、その他の産婦人科医21名、小児科医21名、小児の診療に携わるその他の診療科を掲げる医師7名となっています。
尚、周産期医療を専門とする産科開業医は市内に21施設ありますが、東区(2施設)を除いた19施設の全ての院長が人工島移転に反対している事を報告します。

 以下の理由から、福岡市立こども病院を人工島に建設することに医療の専門家として異議を唱えます。

1,人工島は緊急性を要するハイリスク分娩を行う場所ではありません。
 周産期医療は婦人科の慢性疾患と違って救急医療が特徴です。例えば、胎盤早期剥離は死産になる事が多く、母親も出血が止まらず死亡する事も稀ではありません。この病気は全ての妊婦さんに発症する危険性があり、予測がつかず、病状の進行が早いために治療が遅れ母児共に悲惨な事態を招きます。
一方、胎児のハイリスク、例えば心臓病の胎児を救命するための母胎搬送の利点が叫ばれていますが、出生前に胎児の心疾患を診断できるケースは稀で、出生後に心臓の異常に気が付く場合が殆どです。つまり、胎児心臓病の出生前診断は難しいために母胎搬送が可能なケースは少なく、出生後に新生児をこども病院に搬送することは今後も変わりません。
その他の胎児疾患(横隔膜ヘルニア・消化管疾患など) の治療は九大病院の小児外科グループの医療レベルは全ての面でこども病院をリードしています。さらに、こども病院(NICU)は福岡市の未熟児医療に貢献してきました。しかし、人工島は搬送する側の産科開業医にとって不都合な場所です。市内の多くの地域では総合周産期母子医療センターである九大病院や福大病院、そしてドクターカーを持つ徳州会病院など、1分でも早く到着できる既存の施設が優先され、人工島の新病院は東区を除き利用価値が少ないと言わざるを得ません。産科病棟が完成してもハイリスクの入院患者は当初の計画の50%以下と予測します。
お産に医療事故が多い理由は、周産期医療の全ての病気が生命にかかわる急を要する疾患だからです。母児を障害なく救命するためには発症してから30分以内が勝負です。福岡市中心部から利便性の悪い人工島にこども病院が移転する事は母児にとって危険極まりないことです。以上の理由から、東区を除く市内の全ての産科開業医はハイリスク患者を人工島に搬送するメリットは殆どありません。市内の産科開業医が望んでいるのは高額なドクターヘリではなく、市民(患者)に役立つドクターカーなのです。

2,産科部門の経営収支が大きな赤字となります。
ハイリスク分娩では常に産科医2〜3名が対応せざるを得ませんが、計画書によると常勤の産科医は4名ということになっています。出産は24時間体制ですから2日に1回の当直となり非現実的です。最低でも6〜8名の産科医が必要ですが、それでも3〜4日に一回の当直を余儀なくされます。しかし、昨今の産科医不足で6〜8名もの産科医が集まるかどうか疑問です。日本の産科医不足は深刻で、改善の兆しは全くありません。病院を新築するのは簡単ですが、産科医を育てるのは時間がかかり産科医志望が少なく大変難しい問題です。その理由は過酷な労働条件、医療訴訟が多い、自由な時間がとれない、等のためです。産科医不足と同様に麻酔科医、新生児科医の不足も深刻です。この他にも助産師なども15〜20名は最低でも必要であり、こちらの確保もたいへん難しい問題です。
 市の説明会などでは取り扱う新生児数から年間300例の分娩を予想し、計画書の病床数もそのような数字になっています。しかし、ハイリスク患者の母胎搬送できるものについては最大でも50〜100例程度と考えます。経営的には、この他に正常分娩が年間1000例程度なければ赤字は膨らむばかりです。人工島は中心部から偏在し交通アクセスも悪いことから患者さんは少なく、正常分娩を扱わずハイリスク分娩だけを対象とした新病院の周産期医療の収支は膨大な赤字が予測されます。

福岡市の産婦人科医会は、来年予定の産科医療補償制度の導入のため、妊婦健診、分娩費などの慣行料金の大幅な値上げを予定しています。妊婦さんの負担は大きくなり少子化対策にも影響が生じる事が予測されます。福岡市では妊婦健診の無料券が5回発行されていますが、市内の全ての妊婦さんは東京都と同様に14回の無料券の発行をするべきです。市は税金の無駄づかいをなくし、少子化対策・高齢者医療、今後ますます増え続ける発達障害児の福祉・教育など予防医学と健康にもっと目を向けるべきです。福岡市の調べでは、発達障害児の年次推移は、H1年33人、H5年50人、H10年182人、H15年218人、H19年263人、この18年間で発達障害児は驚異的な速さで増加しています。H19年では、発達障害児とその他の障害児を合わせると年間600〜700人、10年後には年間1000人の障害児、つまり福岡市で生まれる子供の12〜13人にひとりが障害児と診断されることになります。少子化が進み、このまま財政赤字が膨れると10〜20年後の福岡市はとんでもない財政危機に陥っている事が予測されます。

3,将来は正常分娩を扱える施設でなければなりません。
 全国的に産科医不足は深刻な問題で、当面は改善策が見いだせないと思われます。福岡市内には2つの医学部がありますが、大学病院でも産科医不足は深刻で他施設に医師を派遣する余裕が無いのが実情です。福岡市立市民病院産婦人科が閉鎖になっていることでもお分かりいただけると思います。出産を扱う開業医も高齢化し、後継者も少なく、遠くない将来に福岡市でも「お産難民」が出てきます。このような状況を踏まえて、妊婦さんが気軽に通える場所に建設すべきです。

4,新病院の外来患者数や入院患者数の予測に誤りがあります。
 行政は議会に諮る直前まで収支予測を公表しませんでした。5日の市長による発表では、新病院の1日あたり外来患者数は、420人と見積もっています。このうち、実績分として従来の300人が計算にあがっていますが、交通アクセスの悪い人工島になって患者数が同じ数とするのはおかしな話です。同様に、入院患者も過大な見積もりがみられます。PwCアドバイザリ(株)の報告書では、1日あたり初年度200人、3年目以降は250人となっています。これも平成13年度に162人になったことがありますが、平成14年度からの現病院での1日平均入院患者数は143〜150人の範囲です。診療科が増えるといえども、少子化や疾病の軽症化が進んでいますので、入院患者が現在より100人も増加するという根拠は行政にぜひお示しいただきたいと思います。


5,患者さんやご家族は本気になって怒っています。
 私ども医療関係者は常に患者さんの代弁者でなければなりません。住民投票を実現する会に賛同して、小児科診療所21カ所と早良区の内科など5カ所で署名運動が始まりました。今後、産婦人科医も同調する予定です。すでに行われている医療機関での反響は大きく、わずか3日で100名以上署名が集まった医療機関もあります。こども病院に受診経験のないご家族もわがことのように感じているようで、受任者も増えてきています。住民投票を実現する会では用意した署名簿が足りなくなっているとも聞きます。もちろん、お子さんを持つ世代だけではありません。内科など成人を扱っている医療期間でも協力者が増加しています。

6,子どもたちに「負の遺産」を残さないでください。
 市の説明によりますと(新聞報道)、今後30年間の収支予測として、年間の収入が84億円、支出が91億円、これ以外に初期投資の返済10億円と見積もっています。年間17億円の赤字になります。確かに小児医療は採算性の悪いものです。それにしても収入の84億円は根拠が怪しいものです。現在の収入は55億円程度ですが、人工島に移転し、診療科目が増えても収入は減ることがあっても増えることはありません。患者数予測に過大な見積もりがあるからです。周産期医療の赤字を加えると、年間40億円以上の負の遺産が残ります。土地の取得費が高額だからといって除外した六本松九大跡地の方が、結果的には患者数が見込めるだけ赤字も少なくて済みます。次の世代のために作った病院が、彼らの重荷になるようなことがあってはなりません。

 私どもは医師会や専門医会に所属するふつうの開業医です。医師会や専門医会を代表して異なる発言される先生もおられるそうですが、こども病院移転についてはほとんど議論する機会はありませんでした。医師会あるいは専門医会の一部役員の個人的な意見が、医師全体を代表しているかのように採られるのは心外です。こども病院の新築移転問題はいったん白紙に戻し、現場で働く専門医を交えもっと議論すべきです、福岡市は日本一、安全・安心・快適なお産が出来る都市づくりを目指して、より健康なこどもが育っていく環境をつくるべきと考えます

有志一同

posted by タマちゃん at 10:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 産科医の意見書
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