2008年02月14日

完全母乳哺育の問題点

■『母乳育児を成功するための10カ条』の問題点

 1993年、厚労省がWHO/UNICEFの「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援したのを契機に、出生直後の新生児管理は様変わりした。我国の歴史的な「産湯」の習慣は無くなり、生後30分以内のカンガルーケアが当たり前となった。栄養面においても、乳母・もらい乳の慣習も消え、母乳以外の糖水・人工乳を与えない(完全)母乳栄養法が赤ちゃんに優しいと考えられる様になった。ところが、出生直後のカンガルーケアと母乳が満足に出ない生後0〜3日間の完全母乳栄養法は、低体温・低血糖・重症黄疸などの合併症を増やし児に不利益である事が分かってきた。

 厚労省は母乳哺育の普及を推進しているが、出生直後の新生児にとって大事なことは母乳か人工乳かではなく、低体温やカロリー不足はないか、先ず赤ちゃんの健康状態に目を向けるべきである。医学の進歩によって低出生体重児が元気に育つ様になった理由は、出生直後の低体温と低栄養の防止に万全の注意が払われたからである。しかし、厚労省の新しい授乳・離乳の支援ガイド(2007年)には、正常成熟児が新生児早期に低体温・低血糖・重症黄疸に陥らない様にするための医学的な配慮(予防医学)が見られない。ところで、WHO・ユニセフ(1989年3月)は「母乳育児を成功させるための10カ条」を長期にわたって尊守し、実践する産科施設を「赤ちゃんに優しい病院」として認定した。「赤ちゃんに優しい病院」のメリット・デメリットについて考えてみた。
 
1.「赤ちゃんに優しい病院」のメリット・デメリット
○メリットは病院側に
(1)「赤ちゃんに優しい病院」の認定書がもらえる・・・病院の宣伝効果は大である
(2)テレビ・新聞・育児雑誌・助産師・日本母乳の会などの学会が、病院の宣伝をしてくれる
(3)母乳育児を成功させるための10カ条を積極的に行う施設に助産師が集中する。
(4)重症黄疸などの増加によって、新生児の入院・治療費(診療報酬)が増える
(5)病院側にメリットはあってもデ・メリットは無い
○デメリットは赤ちゃんに
(1)生後30分以内のカンガルーケア⇒低体温⇒低血糖
(2)完全母乳哺育⇒低血糖・重症黄疸・頭蓋内出血の発生頻度を増す
問題点:動物において、低血糖・低栄養・重症黄疸は小脳の神経細胞の発育を妨げることが報告されており、ヒトにおいても特に生後1週間以内の低栄養は発達障害の危険因子として注意すべきであると報告されている

■カンガルーケアの問題点
 長野県立こども病院総合周産期母子センター長の中村友彦医師は、「正常産児の生後早期の母児接触(通称カンガルーケア)の留意点」と題して、2007年1月1日発行の日産婦医会報に次の様な問題提起をした。
 要旨:日本のほとんどの産科施設において、正常産児のカンガルーケアが生後30分以内に行われている。ところがカンガルーケア中に、赤ちゃんが全身蒼白、筋緊張低下、徐脈(心拍数が異常に遅くなる事)、全身硬直性ケイレン、という非常に危険な状態でNICUに緊急入院するケースがあり、他の施設でもこれと似た症例があると報告している。
 カンガルーケアの問題点:正常産児の生後早期のカンガルーケアに関する文献では、その安全性については議論されていない。日本では正常分娩の分娩室での母子ケアについては、科学的根拠に基ずく標準的な方法が無い。生後早期のカンガルーケアについて様々な側面から検討する事が必要だ。つまり、「母乳育児を成功させるための10ヵ条」の第4条、「母親が分娩後、30分以内に母乳を飲ませられるように援助をすること」の安全性を検証すべき、と報告している。(中村医師が報告したカンガルーケア中の全身蒼白、筋緊張低下、徐脈、全身硬直性ケイレンの危険な症状は、低体温と低血糖が原因と考えられる・・・久保田)

■症候性低血糖を来たした完全母乳栄養児の1例
 要旨:完全母乳栄養管理は新生児期に低血糖を来たしやすいことが知られており,母乳栄養を安全に実施するためには周産期に異常を伴った児に加えて,明白な危険因子を伴わない児においても,充分な哺乳量が確保されるまでは低血糖に留意した観察が必要である.日本小児科学会雑誌110巻6号 789〜793(2006年)

2.「母乳育児を成功させるための10カ条」の問題点・・・産科開業医の悩み
 病院側のメリットはあるが、赤ちゃんのデメリットを知って第4条と第6条を実行するのは産科医(科学者)として抵抗がある。産科開業医の悩みは、@第4条と第6条に批判的な産科施設に助産師は就職しない。A助産師が集まらない産科開業医では保健所の立ち入り検査を嫌気して廃業を考えている産科医が増えつつある。私もその一人である。B医師として、赤ちゃんを犠牲にしてまで「母乳育児を成功させるための10カ条」を実行したくない。C助産師を確保する目的のために、赤ちゃんへのデメリットを知りながら厚生省が勧める「母乳育児を成功させるための10カ条」を取り入れるべきかどうか、産科開業医の悩みを厚生労働省・保健所は全く理解していない。D厚労省は第4条と第6条の安全性を検証しないで「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援した所に問題がある。

3.人工ミルクは乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子と発表した
(1)人工乳は赤ちゃんに危険(SIDSの危険因子)であるかの様な印象を国民に刷り込んだ
(2)上記の刷り込みによって、妊産婦は第6条にこだわる様になった
(3)米国では、人工乳はSIDSの危険因子にない
(4)米国では、「着せすぎ・温めすぎ」に注意、と再警告がなされているにもかかわらず、日本では「着せすぎ・温めすぎ」をSIDSの危険因子に認定する動きが無い


■WHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」について WHOは「母乳育児を成功させるための10カ条」の推進にあたって、各国の文化・実情に合わせることを求めているにもかかわらず、日本では第4条・第6条が児にとって安全であるかどうかの検証がなされていない。
 
 日本では、分娩室の室温は大人に快適な温度(24~26℃)に調節されている。そのため、寒い部屋で第4条を実行すると赤ちゃんは低体温⇔低血糖に陥り易い。環境温度が高く冷房設備が整っていない国では、赤ちゃんは低体温になりにくい。しかし、空調設備が整った日本の分娩室では、生後30分以内のカンガルーケアは児に不利益である。何故ならば、低体温が進むと低血糖になり易いだけでなく、消化管血流量が減り哺乳障害(初期嘔吐)の原因となるからである。
 母乳がいつから出始めるか、その分泌量の多少は人種や社会環境によっても影響される。我国の初産婦の母乳分泌量は出生0日では滲む程度で、カロリー源としてはゼロに等しい。熱産生のために最もカロリーを必要とする出生0日に、保温もしないで出ない母乳を吸わせるだけの第6条は低血糖症に陥る危険性を増し児にとって不利益である。低血糖の危険因子である高インシュリン血症で生まれる赤ちゃんは、妊娠糖尿病だけでなく正常妊婦から生まれる新生児に予想以上に多い事が分かった。厚労省は、発達障害児を防ぐために「母乳育児を成功させるための10カ条」の安全性を検証した後で、日本に適した母乳推進運動をスタートするべきである。その安全性が確認されるまでは、「母乳育児を成功させるための10カ条」の積極的な推進運動は控えるべきである。
posted by タマちゃん at 19:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 産科医の意見書
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