2009年08月20日

産科開業医は、こども病院の人工島移転になぜ反対するのか?

―福岡市は医療の原点に戻れー


久保田産婦人科麻酔科医院
院長 久保田史郎



医療はサービス業である事を忘れてはならない。
医療の中心は患者である。患者の生命を守るのが医者である。
患者と医師を支援し、福岡市民の健康と生活を安全に守るのが行政である。

福岡市立こども病院の人工島移転の一番の問題点は、行政が患者サービスを無視し、市が中心となって新病院の建設計画を進めている事である。患者サービスとは高度医療や豪華な病院の提供だけではない。病院までのアクセス、経済的負担(入院費・交通費)をいかに少なくするかは患者家族にとって重大な問題である。患者サービスなしで医業経営は成り立たない。福岡市は患者家族や専門医(産科・小児科)の意見を聞き、患者が安心する医療サービスに目を向けるべきである。人工島がこども病院の移転地に本当に最適かどうか、福岡市は医療の原点に戻り計画を見直すべきである。新こども病院の建設が成功か、失敗か、その鍵は場所(アクセス)で決まる。膨大な赤字財政に悩む福岡市に失敗は許されない。失敗は未来のこども達に「負の遺産」を残すからである。

2008年年11月9日、市内の産科開業医の有志はこども病院の人工島移転反対に立ち上がった。人工島が何故悪いのか、その理由について産科専門医の立場から意見を述べる。

1、人工島の問題点
市内中心部からのアクセスが悪い。人工島は緊急を要する胎児のハイリスク疾患を扱う場所ではない。
妊娠中に胎盤が剥がれ、突然の大量子宮出血で生命を脅かす胎盤早期剥離・前置胎盤は、出血から治療(帝王切開・輸血)を開始するまでの時間が母児の予後を決める。妊娠高血圧症に合併する妊婦の脳出血・子癇発作(意識消失)、呼吸管理を必要とする低出生体重児・新生児仮死など、周産期医療の全ての病気が母児の生死に関る救急疾患である。これらの病気は稀ではなく、ある日突然に、予告なしに、24時間いつでも発症する。母児の救命率と脳に障害を残すかどうかは初発症状から治療開始までの時間に大きく左右される。

平成14年7月17日 福岡市病院事業運営審議会において、こども病院院長福重先生は、院外からこども病院に搬送されて来られる低出生体重児の場合、30分が赤ちゃんの一生を決めてしまうと報告されている。真に、周産期医療は時間との戦いである。以上の理由から、市内の産科開業医は搬送に時間がかかる人工島ではなく、アクセスの良い医療スタッフ(産科・麻酔科・新生児科・小児外科)が揃った九大病院・福大病院の総合周産期母子医療センター、ドクターカーを持ち救急医療に積極的な春日市の徳洲会病院に患者を搬送する。今の搬送の流れは人工島に周産期センターが完成しても同じである。東区を除いた市内の産科開業医はハイリスク患者を専門医が揃った医療レベルの高い九大病院を通り越して遠い人工島へ患者を搬送するケースは極めて稀と考えられる。何故ならば、治療が遅れ母児に異常が発生した場合に、医療事故(裁判)に発展するケースがあるからである。産科開業医からの患者紹介が少ないために周産期センターのベッドはガラ空きとなり、福岡市は膨大な赤字を覚悟しなければならない。アクセスの悪い人工島に分娩施設を建設する計画案そのものが大きな誤診である。誤診の理由は市が患者家族・産科開業医の意見を聞こうとしなかったからである。

2、産科医不足の問題点
分娩施設を備えた豪華な新こども病院が出来たとしても、そこで働く産科専門医をどの様にして確保するのか、周産期医療に携わる専門医・スタッフの確保は新病院の建築以上に難しい問題である。国は医師不足対策として来年から医学部入学の定員を増やすと発表したが、一人前の産科医になるためには医学部入学から早くでも12年〜15年かかる。過酷な労働条件、医療訴訟が多い、自由な時間がとれない、などを考えると産科医への特別な待遇改善がなければ産科医志望者は多くは望めない。

■こども病院周産期センターで働く産科医の人数は最低10人以上が必要
福岡市は産科医の数は当初4名と発表した。4日に一回の当直(一人当直体制)、救急のハイリスク患者を深夜一人で管理する事はまず不可能である。2人当直体制で5日に一回の当直、最低10人の産科医の確保が必要である。市は産科医を確保するために全国公募をすると発表したが、余程の待遇改善が無い限り全国から産科医が集まる見込みは無い。

■人工島における周産期センターの新設は暴走行為
福岡市立病院の産婦人科は4年前から医師不足のため産婦人科病棟は閉鎖されたままである。産科医不足は福岡市でも例外ではない。高度医療が求められる周産期センターが計画通りに機能するかどうかは、産科専門医を福岡市が何人確保できるかで決まる。正常分娩は産科医と助産師だけでも管理が可能であるが、ハイリスク疾患のお産には産科医の他に、麻酔科、新生児科、小児外科などの専門医の協力が不可欠である。ところが、周産期医療に携わるこれらの全ての科の専門医が著しく不足している。そのため、日本では医療の効率化(集約化)が進められているが、こども病院の周産期センターの新設は時代の流れに逆行する暴走行為である。

3、正常分娩を扱わない周産期センターの問題点
胎児のハイリスク疾患だけを対象とした新こども病院の周産期センターの収支は、膨大な赤字を覚悟しなければならない。胎児のハイリスク疾患だけでは入院患者は少なく、医業収益は極端に少ないからである。しかし、極めて少ない胎児のハイリスク疾患を、24時間体制で管理するためには最低10人以上の産科医と15人以上の助産師の確保が必要である。その支出(給料)に見合う収益を上げるためには、ハイリスク疾患の他に、年間1000例以上の正常分娩をしなければ赤字は雪ダルマ式に膨らむと予測される。日本中どこを探しても胎児のハイリスク疾患だけしか扱わない周産期センターは見当たらない。その理由は、@胎児のハイリスク疾患だけでは大幅赤字となる、A産科医不足のため正常のお産をする施設が全国に少なくなっているからである。

■ 今後、福岡市が胎児のハイリスク疾患だけでなく正常分娩を扱う計画に予定を変更したとしても、福岡市内(東区以外)から正常の妊婦さんが人工島まで妊婦健診・分娩に通う事は危険である。救急車以外の自家用車・タクシー・バスでは時間がかかり過ぎるため、陣痛が始まって病院に到着するまでの間に車中分娩などの事故が間違いなく増えるからである。アクセスの悪い人工島はハイリスク疾患だけでなく、正常分娩も安全に行える場所ではない。

■ 将来は正常分娩を扱える施設でなければならない
東京都と異なり、福岡市で生まれる赤ちゃんの約7割が産科開業医で出生している。出産を扱う開業医は高齢化し、後継者も少なく、遠くない将来に福岡市でも「お産難民」が出てくる。このような状況を踏まえて、妊婦さんが気軽に通える市内の中心に新こども病院を建設すべきである。正常のお産が出来ない周産期センターを福岡市は何故に建設しようとするのか、誰のための病院か、病院を作る目的は何か、その計画案は疑問だらけである。正常分娩もしない、母体のハイリスク疾患もしない、胎児のハイリスク疾患だけしか扱わない福岡市立こども病院周産期センターの設立、税金の無駄使いである。

4、自然の怖さを甘く見ないで
2009年7月、北海道大雪山系の夏山登山、低体温症で10人が凍死。
北部九州・集中豪雨で高速道路に土砂崩れ、二人の死亡が確認された。自然の怖さを改めて思い知らされた痛ましい事故であった。事故をなぜ未然に防止出来なかったか、いずれも責任問題が問われるであろう。いつ何が起こるかが分からないのが自然の怖さである。人工島の問題はアクセスが悪いだけではない。人工島に架かる橋、病院までの高速道路は地震・台風・大雪などの自然現象に脆いからである。こども病院だからこそ、地震・雨・風・雪などの自然の悪戯に打ち勝つ地盤の強い安全な場所を選ぶべきである。自然現象による想定外の事故が起こったとしても、自然の悪戯を予測出来なかったと、言い逃れは出来ない。

5、市内の産科開業医はドクターヘリではなくドクターカーを望んでいる
福岡市中心部から利便性の悪い人工島にこども病院を移転させ、そこに周産期センターを新設する事は産科開業医にとって利用価値が少なく、税金の無駄使いである。東区(2施設)を除く市内の全ての産科開業医はハイリスク患者を人工島に搬送するメリットは極めて少ない。利用価値の少ない人工島での周産期センターの設立を取りやめ、その予算の一部で九大・福大の総合周産期母子センターを経済的に支援する方が患者・産科開業医にとってメリットが多い。人工島にドクターヘリが計画されているが、市内の産科開業医はドクターヘリではなく、市民(患者)・産科開業医に役立つドクターカーを望んでいる。福岡市はこども病院の人工島への新築移転問題をいったん白紙に戻し、日本一、安全・安心・快適なお産が出来る都市づくりを目指して、より健康なこどもが育っていく環境をつくるべきである。
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2008年09月11日

見直せ人工島移転

データマックスHPに【見直せ人工島移転】現場の開業医が異議(上)というタイトルで「現場の専門医師からの緊急提言」が掲載されました。
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こども病院移転再考を

福岡市議会 御中

福岡市立こども病院人工島移転に反対する
市内の小児科・産科開業医の有志
代表 久保田史郎(産科・麻酔科標榜医)
代表 日高 輝幸(産婦人科医)
代表 高木誠一郎(小児科医)


現場の専門医師からの緊急提言
「福岡市立こども病院の人工島移転についてご再考願います



私たちは福岡市内で周産期医療や小児を対象に診療している開業医の有志です。内訳は、出産を取り扱う産科医19名、その他の産婦人科医21名、小児科医21名、小児の診療に携わるその他の診療科を掲げる医師7名となっています。
尚、周産期医療を専門とする産科開業医は市内に21施設ありますが、東区(2施設)を除いた19施設の全ての院長が人工島移転に反対している事を報告します。

 以下の理由から、福岡市立こども病院を人工島に建設することに医療の専門家として異議を唱えます。

1,人工島は緊急性を要するハイリスク分娩を行う場所ではありません。
 周産期医療は婦人科の慢性疾患と違って救急医療が特徴です。例えば、胎盤早期剥離は死産になる事が多く、母親も出血が止まらず死亡する事も稀ではありません。この病気は全ての妊婦さんに発症する危険性があり、予測がつかず、病状の進行が早いために治療が遅れ母児共に悲惨な事態を招きます。
一方、胎児のハイリスク、例えば心臓病の胎児を救命するための母胎搬送の利点が叫ばれていますが、出生前に胎児の心疾患を診断できるケースは稀で、出生後に心臓の異常に気が付く場合が殆どです。つまり、胎児心臓病の出生前診断は難しいために母胎搬送が可能なケースは少なく、出生後に新生児をこども病院に搬送することは今後も変わりません。
その他の胎児疾患(横隔膜ヘルニア・消化管疾患など) の治療は九大病院の小児外科グループの医療レベルは全ての面でこども病院をリードしています。さらに、こども病院(NICU)は福岡市の未熟児医療に貢献してきました。しかし、人工島は搬送する側の産科開業医にとって不都合な場所です。市内の多くの地域では総合周産期母子医療センターである九大病院や福大病院、そしてドクターカーを持つ徳州会病院など、1分でも早く到着できる既存の施設が優先され、人工島の新病院は東区を除き利用価値が少ないと言わざるを得ません。産科病棟が完成してもハイリスクの入院患者は当初の計画の50%以下と予測します。
お産に医療事故が多い理由は、周産期医療の全ての病気が生命にかかわる急を要する疾患だからです。母児を障害なく救命するためには発症してから30分以内が勝負です。福岡市中心部から利便性の悪い人工島にこども病院が移転する事は母児にとって危険極まりないことです。以上の理由から、東区を除く市内の全ての産科開業医はハイリスク患者を人工島に搬送するメリットは殆どありません。市内の産科開業医が望んでいるのは高額なドクターヘリではなく、市民(患者)に役立つドクターカーなのです。

2,産科部門の経営収支が大きな赤字となります。
ハイリスク分娩では常に産科医2〜3名が対応せざるを得ませんが、計画書によると常勤の産科医は4名ということになっています。出産は24時間体制ですから2日に1回の当直となり非現実的です。最低でも6〜8名の産科医が必要ですが、それでも3〜4日に一回の当直を余儀なくされます。しかし、昨今の産科医不足で6〜8名もの産科医が集まるかどうか疑問です。日本の産科医不足は深刻で、改善の兆しは全くありません。病院を新築するのは簡単ですが、産科医を育てるのは時間がかかり産科医志望が少なく大変難しい問題です。その理由は過酷な労働条件、医療訴訟が多い、自由な時間がとれない、等のためです。産科医不足と同様に麻酔科医、新生児科医の不足も深刻です。この他にも助産師なども15〜20名は最低でも必要であり、こちらの確保もたいへん難しい問題です。
 市の説明会などでは取り扱う新生児数から年間300例の分娩を予想し、計画書の病床数もそのような数字になっています。しかし、ハイリスク患者の母胎搬送できるものについては最大でも50〜100例程度と考えます。経営的には、この他に正常分娩が年間1000例程度なければ赤字は膨らむばかりです。人工島は中心部から偏在し交通アクセスも悪いことから患者さんは少なく、正常分娩を扱わずハイリスク分娩だけを対象とした新病院の周産期医療の収支は膨大な赤字が予測されます。

福岡市の産婦人科医会は、来年予定の産科医療補償制度の導入のため、妊婦健診、分娩費などの慣行料金の大幅な値上げを予定しています。妊婦さんの負担は大きくなり少子化対策にも影響が生じる事が予測されます。福岡市では妊婦健診の無料券が5回発行されていますが、市内の全ての妊婦さんは東京都と同様に14回の無料券の発行をするべきです。市は税金の無駄づかいをなくし、少子化対策・高齢者医療、今後ますます増え続ける発達障害児の福祉・教育など予防医学と健康にもっと目を向けるべきです。福岡市の調べでは、発達障害児の年次推移は、H1年33人、H5年50人、H10年182人、H15年218人、H19年263人、この18年間で発達障害児は驚異的な速さで増加しています。H19年では、発達障害児とその他の障害児を合わせると年間600〜700人、10年後には年間1000人の障害児、つまり福岡市で生まれる子供の12〜13人にひとりが障害児と診断されることになります。少子化が進み、このまま財政赤字が膨れると10〜20年後の福岡市はとんでもない財政危機に陥っている事が予測されます。

3,将来は正常分娩を扱える施設でなければなりません。
 全国的に産科医不足は深刻な問題で、当面は改善策が見いだせないと思われます。福岡市内には2つの医学部がありますが、大学病院でも産科医不足は深刻で他施設に医師を派遣する余裕が無いのが実情です。福岡市立市民病院産婦人科が閉鎖になっていることでもお分かりいただけると思います。出産を扱う開業医も高齢化し、後継者も少なく、遠くない将来に福岡市でも「お産難民」が出てきます。このような状況を踏まえて、妊婦さんが気軽に通える場所に建設すべきです。

4,新病院の外来患者数や入院患者数の予測に誤りがあります。
 行政は議会に諮る直前まで収支予測を公表しませんでした。5日の市長による発表では、新病院の1日あたり外来患者数は、420人と見積もっています。このうち、実績分として従来の300人が計算にあがっていますが、交通アクセスの悪い人工島になって患者数が同じ数とするのはおかしな話です。同様に、入院患者も過大な見積もりがみられます。PwCアドバイザリ(株)の報告書では、1日あたり初年度200人、3年目以降は250人となっています。これも平成13年度に162人になったことがありますが、平成14年度からの現病院での1日平均入院患者数は143〜150人の範囲です。診療科が増えるといえども、少子化や疾病の軽症化が進んでいますので、入院患者が現在より100人も増加するという根拠は行政にぜひお示しいただきたいと思います。


5,患者さんやご家族は本気になって怒っています。
 私ども医療関係者は常に患者さんの代弁者でなければなりません。住民投票を実現する会に賛同して、小児科診療所21カ所と早良区の内科など5カ所で署名運動が始まりました。今後、産婦人科医も同調する予定です。すでに行われている医療機関での反響は大きく、わずか3日で100名以上署名が集まった医療機関もあります。こども病院に受診経験のないご家族もわがことのように感じているようで、受任者も増えてきています。住民投票を実現する会では用意した署名簿が足りなくなっているとも聞きます。もちろん、お子さんを持つ世代だけではありません。内科など成人を扱っている医療期間でも協力者が増加しています。

6,子どもたちに「負の遺産」を残さないでください。
 市の説明によりますと(新聞報道)、今後30年間の収支予測として、年間の収入が84億円、支出が91億円、これ以外に初期投資の返済10億円と見積もっています。年間17億円の赤字になります。確かに小児医療は採算性の悪いものです。それにしても収入の84億円は根拠が怪しいものです。現在の収入は55億円程度ですが、人工島に移転し、診療科目が増えても収入は減ることがあっても増えることはありません。患者数予測に過大な見積もりがあるからです。周産期医療の赤字を加えると、年間40億円以上の負の遺産が残ります。土地の取得費が高額だからといって除外した六本松九大跡地の方が、結果的には患者数が見込めるだけ赤字も少なくて済みます。次の世代のために作った病院が、彼らの重荷になるようなことがあってはなりません。

 私どもは医師会や専門医会に所属するふつうの開業医です。医師会や専門医会を代表して異なる発言される先生もおられるそうですが、こども病院移転についてはほとんど議論する機会はありませんでした。医師会あるいは専門医会の一部役員の個人的な意見が、医師全体を代表しているかのように採られるのは心外です。こども病院の新築移転問題はいったん白紙に戻し、現場で働く専門医を交えもっと議論すべきです、福岡市は日本一、安全・安心・快適なお産が出来る都市づくりを目指して、より健康なこどもが育っていく環境をつくるべきと考えます

有志一同

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2008年03月06日

新生児管理の変遷

1993年、厚労省がWHO/UNICEFの「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援したのを契機に、出生直後の新生児管理は様変わりした。我国の歴史的な「産湯」の習慣は無くなり、「生後30分以内のカンガルーケア」が当たり前となった。栄養面においても、乳母・もらい乳の慣習も消え、母乳以外の糖水・人工乳を与えない(完全)母乳栄養法が赤ちゃんに優しいと考えられる様になった。ところが、出生直後のカンガルーケアと母乳が満足に出ない生後0〜3日間の完全母乳栄養法は、低体温・低血糖・重症黄疸などの合併症を増やし児に不利益である事が分かってきた。

厚労省は母乳哺育の普及を推進しているが、出生直後の新生児にとって大事なことは母乳か人工乳かではなく、低体温やカロリー不足はないか、先ず赤ちゃんの健康状態に目を向けるべきである。医学の進歩によって低出生体重児が元気に育つ様になった理由は、出生直後の低体温と低栄養の防止に万全の注意が払われたからである。しかし、厚労省の新しい授乳・離乳の支援ガイド(2007年)には、正常成熟児が新生児早期に低体温・低血糖・重症黄疸に陥らない様にするための医学的な配慮(予防医学)が見られない。

厚労省に伝えたいことは、母乳哺育の長所を活かし、短所を科学(予防医学)で補う日本独自の新しい新生児管理法を世界に先駆け全国に早急に発信して頂く事である。

久保田産婦人科麻酔科医院 久保田史郎
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カンガルーケアの問題点

生後30分以内のカンガルーケアの問題点

出生直後の裸の赤ちゃんにとって快適な環境温度(中性温度)は32~34℃です。ところが、空調設備の整った日本の分娩室は大人に快適な環境温度(24~26℃)に設定されています。冷房設備がない高温多湿な国でカンガルーケアをしても児は低体温になる心配はありません。しかし、日本の分娩室(24~26℃)で生後30分以内にカンガルーケアをすると体温下降が進み正常体温(恒温状態)への回復が遅れ適応過程に支障を招きます。

出生直後の低温環境・低体温が児に不利益な点:
1.分娩を境に急激な環境温度の低下に遭遇すると、早期新生児は『低体温⇔低血糖』の悪循環を形成します。早期新生児の低血糖は脳の発育に不利益です。
2.低温環境下では放熱抑制を目的とした体温調節機構が働き、全身の末梢血管は収縮します。その結果、消化管の血流量が減少し初期嘔吐・胎便排出遅延の原因になります。初期嘔吐は哺乳障害、胎便排出遅延は重症黄疸の原因となり児にとって不利益です。
3.生命維持装置を司る自律神経は恒温状態でその機能を正常に作動しますが、低温・高温環境下ではまともに働きません。自律神経機能は生命維持装置(呼吸・循環・ホルモン調節など)の安全性よりも体温を恒常に保つための体温調節の方を優先的に調整します。

恒温動物・哺乳動物である赤ちゃんにとって大事なことは、出生直後の低体温をどの様にして防ぎ児を恒温状態にいかに早く安定させるか、初期嘔吐(哺乳障害)をどの様にして防ぎ、母乳が出ない生後数日間をどのようにして栄養を補うかが新生児管理で最も重要な点です。
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2008年02月14日

産科医不足の問題点

■ 産科医不足が、周産期医療に及ぼす影響

 産科医不足は少子化以上に深刻な社会問題である。
地方の総合病院では、産科医不足の対策として院内助産院・助産師外来の導入が進められている。通常の正常なお産は助産師が、ハイリスクは産科医が受け持つ。数年後には、我国のお産は助産師による妊娠・分娩・新生児管理が主流になると思われる。院内助産院で異常事態が発生した時に、産科医が応援する。この方法は理想的な様にみえる。しかし、我国の社会問題である少子化対策・発達障害児の発生防止策にはならない。何故ならば、助産師の多くはお産の現場に予防医学(科学)を導入することに対して批判的であるからである。

助産師が理想とするお産:自然分娩と完全母乳哺育に代表される。
1.自然分娩:
    ・陣痛促進剤を使わない
    ・会陰切開をしない
    ・お産は痛いのが自然(産科麻酔に批判的)
2.新生児管理:
・WHO/ユニセフの『母乳育児を成功するための10カ条』を支持
    ■第4条:生後30分以内の「カンガルーケア」
    ■第6条:母乳以外の糖水・人口ミルクを飲ませない
(厚労省が1993年にWHO/ユニセフの10カ条を後援した)
 
 我国では、自然分娩と完全母乳哺育が安全で理想のお産・赤ちゃんに優しい新生児管理と思われているが、母児にとって不利益であるだけでなく少子化対策・発達障害児防止策にもならない。その理由は、自然だけで科学の無いところに安全な医療そして満足いく快適なお産は無いからである。また科学の無い医療現場に医師の卵は関心を示さず、産科医不足はエスカレートするばかりである。
 自然の短所を科学で補うのが安全で快適なお産となるが、自然(助産師)と科学(産科医)は融合せず競合しあっているのが現状である。医師が求めるのは科学的に実証された安全なお産、助産師が求めているのは会陰切開をしない、麻酔も無い痛いままのお産を理想に掲げ、それを自然分娩と解釈しているところに問題がある。
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完全母乳哺育の問題点

■『母乳育児を成功するための10カ条』の問題点

 1993年、厚労省がWHO/UNICEFの「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援したのを契機に、出生直後の新生児管理は様変わりした。我国の歴史的な「産湯」の習慣は無くなり、生後30分以内のカンガルーケアが当たり前となった。栄養面においても、乳母・もらい乳の慣習も消え、母乳以外の糖水・人工乳を与えない(完全)母乳栄養法が赤ちゃんに優しいと考えられる様になった。ところが、出生直後のカンガルーケアと母乳が満足に出ない生後0〜3日間の完全母乳栄養法は、低体温・低血糖・重症黄疸などの合併症を増やし児に不利益である事が分かってきた。

 厚労省は母乳哺育の普及を推進しているが、出生直後の新生児にとって大事なことは母乳か人工乳かではなく、低体温やカロリー不足はないか、先ず赤ちゃんの健康状態に目を向けるべきである。医学の進歩によって低出生体重児が元気に育つ様になった理由は、出生直後の低体温と低栄養の防止に万全の注意が払われたからである。しかし、厚労省の新しい授乳・離乳の支援ガイド(2007年)には、正常成熟児が新生児早期に低体温・低血糖・重症黄疸に陥らない様にするための医学的な配慮(予防医学)が見られない。ところで、WHO・ユニセフ(1989年3月)は「母乳育児を成功させるための10カ条」を長期にわたって尊守し、実践する産科施設を「赤ちゃんに優しい病院」として認定した。「赤ちゃんに優しい病院」のメリット・デメリットについて考えてみた。
 
1.「赤ちゃんに優しい病院」のメリット・デメリット
○メリットは病院側に
(1)「赤ちゃんに優しい病院」の認定書がもらえる・・・病院の宣伝効果は大である
(2)テレビ・新聞・育児雑誌・助産師・日本母乳の会などの学会が、病院の宣伝をしてくれる
(3)母乳育児を成功させるための10カ条を積極的に行う施設に助産師が集中する。
(4)重症黄疸などの増加によって、新生児の入院・治療費(診療報酬)が増える
(5)病院側にメリットはあってもデ・メリットは無い
○デメリットは赤ちゃんに
(1)生後30分以内のカンガルーケア⇒低体温⇒低血糖
(2)完全母乳哺育⇒低血糖・重症黄疸・頭蓋内出血の発生頻度を増す
問題点:動物において、低血糖・低栄養・重症黄疸は小脳の神経細胞の発育を妨げることが報告されており、ヒトにおいても特に生後1週間以内の低栄養は発達障害の危険因子として注意すべきであると報告されている

■カンガルーケアの問題点
 長野県立こども病院総合周産期母子センター長の中村友彦医師は、「正常産児の生後早期の母児接触(通称カンガルーケア)の留意点」と題して、2007年1月1日発行の日産婦医会報に次の様な問題提起をした。
 要旨:日本のほとんどの産科施設において、正常産児のカンガルーケアが生後30分以内に行われている。ところがカンガルーケア中に、赤ちゃんが全身蒼白、筋緊張低下、徐脈(心拍数が異常に遅くなる事)、全身硬直性ケイレン、という非常に危険な状態でNICUに緊急入院するケースがあり、他の施設でもこれと似た症例があると報告している。
 カンガルーケアの問題点:正常産児の生後早期のカンガルーケアに関する文献では、その安全性については議論されていない。日本では正常分娩の分娩室での母子ケアについては、科学的根拠に基ずく標準的な方法が無い。生後早期のカンガルーケアについて様々な側面から検討する事が必要だ。つまり、「母乳育児を成功させるための10ヵ条」の第4条、「母親が分娩後、30分以内に母乳を飲ませられるように援助をすること」の安全性を検証すべき、と報告している。(中村医師が報告したカンガルーケア中の全身蒼白、筋緊張低下、徐脈、全身硬直性ケイレンの危険な症状は、低体温と低血糖が原因と考えられる・・・久保田)

■症候性低血糖を来たした完全母乳栄養児の1例
 要旨:完全母乳栄養管理は新生児期に低血糖を来たしやすいことが知られており,母乳栄養を安全に実施するためには周産期に異常を伴った児に加えて,明白な危険因子を伴わない児においても,充分な哺乳量が確保されるまでは低血糖に留意した観察が必要である.日本小児科学会雑誌110巻6号 789〜793(2006年)

2.「母乳育児を成功させるための10カ条」の問題点・・・産科開業医の悩み
 病院側のメリットはあるが、赤ちゃんのデメリットを知って第4条と第6条を実行するのは産科医(科学者)として抵抗がある。産科開業医の悩みは、@第4条と第6条に批判的な産科施設に助産師は就職しない。A助産師が集まらない産科開業医では保健所の立ち入り検査を嫌気して廃業を考えている産科医が増えつつある。私もその一人である。B医師として、赤ちゃんを犠牲にしてまで「母乳育児を成功させるための10カ条」を実行したくない。C助産師を確保する目的のために、赤ちゃんへのデメリットを知りながら厚生省が勧める「母乳育児を成功させるための10カ条」を取り入れるべきかどうか、産科開業医の悩みを厚生労働省・保健所は全く理解していない。D厚労省は第4条と第6条の安全性を検証しないで「母乳育児を成功させるための10カ条」を後援した所に問題がある。

3.人工ミルクは乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子と発表した
(1)人工乳は赤ちゃんに危険(SIDSの危険因子)であるかの様な印象を国民に刷り込んだ
(2)上記の刷り込みによって、妊産婦は第6条にこだわる様になった
(3)米国では、人工乳はSIDSの危険因子にない
(4)米国では、「着せすぎ・温めすぎ」に注意、と再警告がなされているにもかかわらず、日本では「着せすぎ・温めすぎ」をSIDSの危険因子に認定する動きが無い


■WHO/ユニセフの「母乳育児を成功させるための10カ条」について WHOは「母乳育児を成功させるための10カ条」の推進にあたって、各国の文化・実情に合わせることを求めているにもかかわらず、日本では第4条・第6条が児にとって安全であるかどうかの検証がなされていない。
 
 日本では、分娩室の室温は大人に快適な温度(24~26℃)に調節されている。そのため、寒い部屋で第4条を実行すると赤ちゃんは低体温⇔低血糖に陥り易い。環境温度が高く冷房設備が整っていない国では、赤ちゃんは低体温になりにくい。しかし、空調設備が整った日本の分娩室では、生後30分以内のカンガルーケアは児に不利益である。何故ならば、低体温が進むと低血糖になり易いだけでなく、消化管血流量が減り哺乳障害(初期嘔吐)の原因となるからである。
 母乳がいつから出始めるか、その分泌量の多少は人種や社会環境によっても影響される。我国の初産婦の母乳分泌量は出生0日では滲む程度で、カロリー源としてはゼロに等しい。熱産生のために最もカロリーを必要とする出生0日に、保温もしないで出ない母乳を吸わせるだけの第6条は低血糖症に陥る危険性を増し児にとって不利益である。低血糖の危険因子である高インシュリン血症で生まれる赤ちゃんは、妊娠糖尿病だけでなく正常妊婦から生まれる新生児に予想以上に多い事が分かった。厚労省は、発達障害児を防ぐために「母乳育児を成功させるための10カ条」の安全性を検証した後で、日本に適した母乳推進運動をスタートするべきである。その安全性が確認されるまでは、「母乳育児を成功させるための10カ条」の積極的な推進運動は控えるべきである。
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第21回鹿児島県母性衛生学会特別講演

テーマ:環境温度が赤ちゃんの体温調節機構に及ぼす影響

1.生後30分以内のカンガルーケアの問題点
2.乳幼児突然死症候群(SIDS)の原因と予防法

日時:平成20年8月23日(土)午後4時
場所:鹿児島県医師会館
電話:099-275-5423
対象:助産師、看護師、保健師、医師、栄養士
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